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第38章 エクテネス人の系譜

Create:2025.10.30, Update:2026.2.16

1 はじめに

BC1750年、パルナッソス山の北を流れるケピソス川の上流で大洪水が発生した。オギュゴスに率いられたエクテネスは、ケピソス川の下流へ移住して、コパイス湖の南東に定住した。[1]

BC1580年、エクテネスは、ヒュアンテスなどの他の部族によって圧迫されて、一部の人々を残して、各地へ移住した。

 

2 テッサリアへの移住

BC1580年、ヘレンの父デウカリオーンの祖父に率いられたエクテネスの一部は、コパイス湖の近くから北へ移住した。デウカリオーンは、テッサリア地方北部を流れるペネイオス川に南から流れ込むエニペウス川の源流付近に、ピュラ (後のメリタイア)の町を創建した。[2]

デウカリオーンには2人の息子たち、ヘレンとアンピクテュオンがいた。[3]

ヘレンは、プティオティス地方を治め、その地方の人々はヘレネス、またはヘラスと呼ばれた。[4]

ヘレンには、3人の息子たち、アイオロス、クストス、ドロスがいた。[5]

ヘレンの後裔たちは、勢力を伸ばして、アイオロスはアイオリス人、ドロスはドーリス人の始祖になった。

クストスには、2人の息子たち、アカイオスとイオンがいた。アカイオスはアカイア人、イオンはイオニア人の始祖になった。[6]

アイオロスの後裔については、『アイオリス人の系譜』で記述する。

ドロスの後裔については、『ドーリス人の系譜』で記述する。

アカイオスの後裔については、『アカイア人の系譜』で記述する。

イオンの後裔については、『イオニア人の系譜』で記述する。

 

3 アッティカへの移住

BC1580年、アクタイオスに率いられたエクテネスの一部は、コパイス湖の近くからアッティカ地方へ移住した。[7]

アクタイオスの娘アグラウロスは、初代アテナイ王ケクロプスの妻になった。[8]

 

4 エジプトへの移住

BC1580年、オギュゴスの後裔オギュゴスに率いられたエクテネスは、エジプトのナイルデルタへ移住した。オギュゴスは、彼の娘テーベの名前に因んだテバイの町を創建した。[9]

オギュゴスの兄弟は、サイスの町を創建した。[10]

彼には、息子ケクロプスがいた。[11]

 

4.1 エジプトからアッティカへの移住

BC1562年、ケクロプスは、エクテネスを率いて、エジプトからアッティカ地方へ移住した。[12]

ケクロプスは、アトモネイスの町のアクタイオスの娘アグラウロスと結婚した。[13]

BC1561年、ケクロプスはケクロピア (後のアテナイ)を創建した。[14]

アッティカ地方のケクロピアで、アテナイ人が誕生した。

ケクロプスの後裔については、『アテナイ人の系譜』で記述する。

 

4.2 アルゴスからエジプトへの移住

BC1560年、トリオパスの子イアソス率いるペラスゴイ人は、エジプトのナイルデルタへ移住した。[15]

イアソスの娘イオは、サイスの町に住むテレゴノスと結婚して、息子エパポスが生まれた。[16]

テレゴノスとイオの結婚は、オギュゴスの後裔(エクテネス)とイナコスの後裔(ペラスゴイ人)の最初の婚姻であった。この頃、エクテネスとペラスゴイ人は、同じ言葉を話していたと思われる。

エパポスは、アイギュプトスの娘カルコと結婚した。[17]

エパポスには、娘リビュアが生まれた。[18]

テレゴノスは、ケクロプスの兄弟で、テレゴノスとイオには、クラナオスという名前の息子もいたと推定される。[19]

 

4.3 エジプトからアッティカへの移住

BC1515年、クラナオスは、エジプトからアッティカ地方へ移住した。[20]

BC1511年、クラナオスは、ケクロプスの跡を継いで、第2代アテナイ王になった。[21]

クラナオスの時代のアテナイの町の住人は、クラナオイ人と呼ばれるペラスゴイ人であった。[22]

クラナオスは、イオと共にアルゴスの町からエジプトへ移住したペラスゴイ人の後裔を連れて、エジプトからアッティカ地方へ移住したと推定される。

 

4.4 イオの子エパポスの娘リビュアの後裔

リビュアには、3人の息子たち、アゲノール、ベロス、レレクスが生まれた。[23]

ベロスの2人の息子たち、ダナオスとアイギュプトス、それに、レレクスは、イオの出身地アルゴスの町周辺へ移住しており、彼らと共に移住した人々は、ペラスゴイ人であったと思われる。

ダナオスは、ナイルデルタのケンミスの町に住んでいた。[24]

ダナオスの後裔ペルセウスは、ケンミスの町で誕生した。[25]

ダナオス、アイギュプトス、レレクスの後裔については、『ペラスゴイ人の系譜』で記述する。

 

5 リビュアの子アゲノール

アゲノールには、3人の息子たち、カドモス、ポイニクス、キリクスが生まれた。[26]

アゲノールには、マケリスという名前の息子もいたと推定される。[27]

 

5.1 エジプトからフェニキアへの移住

BC1430年、アゲノールは、エジプトからフェニキア地方のシドンの町へ移住した。[28]

カドモスは、エジプトのテバイの町に住んでいた。[29]

テバイの町には、BC1580年にテーベの父オギュゴスが創建したときから、ボイオティア地方から移住したエクテネスが住んでいた。

アゲノールに従っていたのは、ペラスゴイ人ではなく、エクテネスであったと推定される。

 

6 アゲノールの子カドモス

BC1426年、カドモスは、エクテネスを含む移民団を率いてシドンの町を出航した。[30]

カドモスは、サモトラケ島を経由して、トラキア地方へ移住した。

BC1420年、カドモスは、トラキア地方からボイオティア 地方へ移住して、カドメイア (後のテバイ)の町を創建した。[31]

エクテネスは、カドメイア人に名前を変えた。

BC1390年、カドモスは、カドメイアの町からイリュリア地方へ移住した。[32]

BC1205年、エテオクレスの子ラオダマスは、カドメイア人を率いて、テバイの町からイリュリア地方へ移住した。[33]

カドメイア人の一部は、エウボイア島北部へ移住して、ヘスティアイア (ヒスティアイア)の町を創建した。[34]

カドメイア人の一部は、小アジアのコロポンの町へ移住した。[35]

BC1175年、コロポンの町に住んでいたカドメイア人は、平地キリキアへ移住して、マッロスの町を創建した。[36]

BC1126年、ティサメノスの子アウテシオンは、カドメイア人を率いて、ドーリス地方へ移住した。[37]

BC1112年、カドメイア人は、ヘラクレイダイのペロポネソス遠征に参加した。[38]

BC1104年、アウテシオンの娘アルゲイアの2人の息子たち、エウリュステネスとプロクレスは、ラコニア地方の領有権を獲得した。[39]

BC1099年、アウテシオンの子テラスは、カドメイア人を含む移民団を率いて、テラ島へ移住した。

 

7 アゲノールの子ポイニクス

BC1430年、アゲノールの子ポイニクスは、エジプトからフェニキア地方のテュロスの町へ移住した。[40]

ポイニクスの2人の娘たち、エウロパとアステュパライア、の結婚時期から考慮すると、ポイニクスは、この移住より前に、オイネウスの娘ペリメデを妻に迎えていた。

オイネウスは、初代アテナイ王ケクロプスの娘ヘルセの曾孫で、テュロスの町に住んでいたと推定される。[41]

 

8 アゲノールの子キリクス

BC1425年、キリクスは、イダ山近くのキリキア地方へ移住して、テーベの町を創建した。[42]

BC1400年、キリクスの子タソスは、イダ山近くのテーベの町からタソス島へ移住した。[43]

BC1375年、タソスの子ガレプソスは、タソス島からトラキア地方へ移住して、ガレプソスの町を創建した。[44]

 

9 アゲノールの子マケリス

BC1430年、マケリスは、アゲノールと共にエジプトからフェニキア地方へ移住した。[45]

マケリスは、フェニキア地方で航海術を学び、エジプトのヘリオポリスの町で、ロドスの子アクティス (または、アウゲス、アトラス)から天体の知識を学んだ。[46]

BC1410年、マケリスは、リビュアにカプサの町を創建した。[47]

BC1400年、マケリスは、イベリア半島南部にヘラクレイア (後のカルペ)の町を創建した。[48]

マケリスは、エジプト人 ヘラクレス、または、フェニキアの ヘラクレスと呼ばれた。[49]

マケリスは、メルカルトスとも呼ばれた。[50]

 

9.1 マケリスの子サルドス

BC1390年、マケリスの子サルドスは、エジプトのカノープスの町からイタリア半島西側のイクヌッサ (後のサルド)島へ移住した。[51]

サルド島の南西部に「父なるサルドスの神殿」があり、その付近がサルドスの移住先であったと推定される。[52]

 

9.2 マケリスの後裔ゲリュオネス

アンピュトリオンの子ヘラクレスの第10番目の功業に登場するエリュテイアの牛飼いゲリュオネス (または、ゲリュオン)は、マケリスの後裔であったと推定される。

ゲリュオネスは、イベリア半島のヘラクレイアの町の北西のバエティス (古くはタルテッソス)川を中心としたタルテッソス地方のガデイラ (現在のカディス)の町に住んでいた。[53]

タルテッソス川は、錫の産地であった。[54]

 

9.3 ゲリュオネスの孫ノラクス

BC1240年、ゲリュオネスの娘エリュテイアの子ノラクスは、サルド島へ移住して、島の南端に最古の町ノラ (現在のプラ岬付近)を創建した。[55]

ノラクスがサルド島へ入植したのは、アンピュトリオンの子イピクレスの子イオラオスの入植よりも前であった。[56]

ノラクスの入植地は、マケリスの子サルドスの入植地のすぐ近くであった。[57]

 

10 エクテネスの居住地の広がり

エクテネスは、BC1750年より前に、パルナッソス山の北を流れるケピソス川の上流で誕生した。

BC1750年、ケピソス川上流に住んでいたエクテネスは、ケピソス川下流のコパイス湖近くへ移住した。

BC1580年、コパイス湖近くに住んでいたエクテネスは、テッサリア地方、アッティカ地方、エジプトへ移住した。

テッサリア地方へ移住したエクテネスは、アイオリス人、ドーリス人、アカイア人、イオニア人に名前を変えた。

BC1562年、エジプトに住んでいたエクテネスは、アッティカ地方へ移住して、コパイス湖近くから移住したエクテネスと合流して、アテナイ人に名前を変えた。

BC1560年、エジプトに残っていたエクテネスは、アルゴスの町から移住して来たイナキア人から名前を変えたペラスゴイ人と合流した。

BC1515年とBC1492年、エクテネスとペラスゴイ人は、エジプトからアテナイの町へ移住した。

BC1511年、テッサリア地方に住んでいたエクテネスは、洪水を逃れて、一時、アッティカ地方に住んでいたエクテネスと合流した。

BC1430年、エジプトに住んでいたエクテネスは、居住地から追い出されて、フェニキア地方へ移住した。

BC1425年、フェニキア地方に住んでいたエクテネスは、イダ山近くのキリキア地方へ移住した。

BC1420年、フェニキア地方に住んでいたエクテネスは、ボイオティア地方へ移住して、カドメイア人に名前を変えた。

BC1410年、エジプトに住んでいたエクテネスは、リビュアへ移住した。

BC1400年、エジプトに住んでいたエクテネスは、イベリア半島南部へ移住した。

BC1400年、キリキア地方に住んでいたエクテネスは、タソス島へ移住した。

BC1390年、エジプトに住んでいたエクテネスは、サルド島へ移住した。

BC1390年、ボイオティア地方に住んでいたカドメイア人は、イリュリア地方へ移住した。

BC1375年、タソス島に住んでいたエクテネスは、トラキア地方へ移住した。

BC1240年、イベリア半島に住んでいたエクテネスは、サルド島へ移住した。

BC1205年、ボイオティア地方に住んでいたカドメイア人は、エウボイア島、イリュリア地方、小アジアへ移住した。

BC1175年、小アジアに住んでいたカドメイア人は、平地キリキアへ移住した。

BC1126年、ボイオティア地方に住んでいたカドメイア人は、ドーリス地方へ移住した。

BC1104年、ドーリス地方に住んでいたカドメイア人は、ラコニア地方へ移住した。

BC1099年、ラコニア地方に住んでいたカドメイア人は、テラ島へ移住した。

 

11 ギリシア暗黒時代

エクテネスから名前を変えたアイオリス人、ドーリス人、アカイア人、イオニア人が、ギリシア世界に広く居住していた。

それ以外のエクテネスの子孫は、イリュリア地方、トラキア地方、タソス島、サルド島、テラ島、イベリア半島、イオニア地方、平地キリキア地方、リビュアに住んでいた。

 

おわり

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